こんな涼しかった(若干肌寒い)合宿は過去10年で初めての経験でした。毎日宿舎を出てグラウンドに向かおうとするたびに小雨がぱらつきましたが、練習中はくもり空に変わり、走り込みやタックルの練習で誰一人音をあげることなく、すべてのメニューを32人がクリアーできたことが最大の成果でした(1人発熱、1人捻挫で一日見学)。大人でもきつい練習を取り入れましたが、それを楽しい、もう一回やりたいという気持ちに変換できる四年生の身体はいったいどうなっているのか。謎を抱えたまま下山しました。
合宿の合言葉を「倒れるな」としたことで生徒の立ってプレーする意識が高まったのか、上級生、下級生との試合中、タックルとトライをする時以外で、自分から倒れるプレーが激減しました。誰が何回倒れたかを統計データにしようと最初の試合で数え始めましたが、数回しか倒れることがなく、その後の試合で数えることをやめました。特に5年生との3試合では、M19のプレーから伝わって来た意図(ゴール前5メートルで寝てラックにした方が速くスペースにボールを運べると判断したに違いない)あるプレー以外は、3人程度のモールでマイボールをキープし押し込んだり、小刻みなパス、ロングパスと多彩な波状攻撃を立って行っていました。もし、安易に寝るプレーに走れば、攻撃人数の減少、大柄な上級生のプレッシャーの増大を招き、ハーフウェイラインを易々と割られたり、合計10トライを奪うことはできなかったかもしれません。倒れないラグビーのテストケースとして、ひとまず一定の効果があることを確認できました。また、タックルをして3秒以内に立ち上がりボールに働きかけるプレーもS6、T18、M19は完璧に近く、これを全員ができるようになれば、まさに「次々と湧いてくるラグビー」を実現できそうです。
表題の本では、能楽師、合気道家、元大相撲力士、元ラグビープレーヤーなどと著者である思想家内田樹が対談のなかで、日本人固有の身体技法の合理性を炙り出しており、なかでも日本人が元来身に着けている倒れない身体表現についての対話は興味深いものがあります。
尺八奏者との対談で、基本的に骨盤の後傾した状態が、日本人にとって長い間慣れ親しんだ姿勢ではなかったかという奏者の意見を引き出しています。その理由として、日本は傾斜地が多く、表土が柔らかく、障害となる草木も多い、足下が非常に不安定な土地で、水田耕作も古くから普及していたため、膝が突っ立っていたら、まずまともに歩くことはできず、膝を曲げることで、腰を落とすようになり、重心が後ろに傾いたのではないかと言うのです。
この後傾姿勢で思い浮かぶのはお相撲さん。この本では元力士との対談でも、前傾姿勢が主流になっている現在と、身体をまっすぐ立てろと教わったという元横綱若乃花(初代)の時代との違いについて論じています。前傾姿勢によるバランスの悪さをウェイトトレーニングで補強し、それがかえって怪我を増やす原因になっている現代と、稽古の中でさまざまな筋肉に均等に負荷をかけるように身体を動かしインナーマッスルを自然と鍛えた往時を比較し、「土俵際で力を抜く」よう教わったかつての技法の優れた点を指摘しています。「土俵際で力を抜く」というのは、具体的には、相手が土俵際に詰まると、押し出したいという気持ちが出て、相手が押し出されまいと踏ん張ったりできるところを、逆に、力をふっと抜いて、個体が液体になってしまうような感じとのこと。
倒れないことはすなわち、無理な前傾姿勢にならず直立の姿勢で力を抜くことということであれば、ハードな練習、試合の数々を事もなげに完遂した四年生は力を抜くことを体得しつつあるのかもしれません。思い起こすに、合宿三日目の5年生との試合は、二試合とも、前後半メンバー総入れ替えで行いましたが、いずれも前日の固さが取れ、リラックスした様子に見えました。
そして、今回の合宿のもう一つの狙いは、昨年のチームビルディングに続いて、チームプレーとは何かを考えるきっかけ作りをすることでした。これについては生徒に言わず、夜のミーティングの中で引き出せればと考えていました。そして迎えた最初のミーティングでは、5つの国が夫々立てた合宿での目標(ある国の目標は「集中する」、またある国の目標は「チームワークを深める」)を、具体的な行動に落とし込む作業を行って貰いました。20分ほどの熱い国会討議の末、発表する人の立候補を募ったところ、K31が真っ先に名乗り出て、31人とコーチを唸らせる感動のプレゼンを披露してくれました。続くS14(T30も「俺がやる!」と勇気を出してくれましたが、説明はS14が行いました)や、H9も大人を唸らせるスピーチで、具体的にどんなプレーなのか、どういう状況(モールやラックなど)でどういう行動に出るべきなのかといった戦術論にまで発展しました。生徒とコーチ陣の気持ちがシンクロしたと感じ、明朝の生徒の見違える行動に期待が膨らみました。ところが翌朝を迎え、出発の直前、部屋を通り過ぎると、布団が一部畳んでないまま放置され、ラグパンがないと探している生徒もおり、期待は大きく裏切られました。それが、三日目の試合前の異例ともいえる数十本生タックルに繋がったわけですが、それにもへこたれず頑張る生徒の姿に打たれました。そして迎えた試合が「倒れないラグビー」に繋がりました。
チームワークは何もピッチの上だけではなく、普段の仲間とのコミュニケーションで育まれていくもので、今回の合宿はチームワークを深めることとは何かを考え始めた端緒となるイベントとなりました。
表題の本でスポーツ教育学者平尾剛(元ラグビー日本代表。コベルコスティーラーズ引退後、親和女子大女子ラグビー部ヘッドコーチとしてラグビーを指導中)も登場しますが、彼は高校三年生でウィングからフルバックになって、それまでパスを貰えば俊足を飛ばしてトライを量産すればよかったものが、ウィングを走らせるようなプレーも求められ、そこで初めてパスが面白くなったことを明かしています。四年生ではすでにパスすることで仲間がトライすることに喜びを見出している(T18はラグビーノートにそのことを毎週、今回の合宿では毎日、書き留めていました)生徒も現れています。パスはミスが起こりやすいプレーで、ミスを恐れるのか、なかなかできないものです。平尾氏はこのことについて、ニュージーランド代表のリッチー・マコウがチームでいちばんミスをするけれども、それ以上にいいプレーをする、という例えで、一本のパスを繋げるには山ほどミスをしなきゃならない、「もう少し早めに放るわ」「じゃあオレも少し早めにスタート切るわ」みたいに、少しづつアジャストしていって、どんぴしゃで通るパスが出せる、ミスした時にどれだけ話をするかが大切だと説明しています。
そんな四年生にとってまだまだ難しいパスも仲間同士のコミュニケーションが深まれば、最初は一人持ちやパスしてもミスだらけだったものが、きっといつかは、チームが一体となる日がやって来ると信じています。それは、国毎で行ったオフロードランパスで確信しました。リラックスした状態で倒れず、パスで面白いように繋いでトライを取るチームを目指して、合宿明けの練習から秋のシーズンインに向け本格的に始動します。合宿で効果を確認できたアジリティ・ポールも様々な局面を想定して活用していきます(3D効果がこうも明確に出るとは思いませんでした)。
「チームのなかの一人が見えているものが全員に見えるというか、感じていることが全員に実感として伝わるとか、あるいは、これから実現するべき夢とかプロジェクトみたいなものが、何も言われないのに、みんなの頭のなかに同じものとして描かれるとか。
自分が見えたものが相手の脳のなかにそのまますぐにダイレクトに伝わって行って、相手にも自分と同じようなものが見える。自分の体感と同じものが相手の身体のなかに生じる。そういうことって、実際にあると思うんですよ。そのような身体的コミュニケーションの能力開発という目的が、ラグビーにあるような気がする。ラグビーを通じて涵養される能力というのは、自分の身体感覚とか自分のイメージを自分のまわりの人間に一瞬のうちに送って、それを共有させる力だと思うんです。」(内田樹、平尾剛共著『合気道とラグビーを貫くもの』)