カテゴリー: '16-6年生チーム

一年生、ラグビーは逆から学べ!

試合前日の練習は珍しく、生徒の参加が心配でしたが、一年生は21人の出席!明日の6試合に向けた直前練習がしっかりできました。

練習前に、明日の試合の心構えとして2点を生徒に伝えました。一つは、タックル以外は立って5人でプレーすること。もう一つは、ディフェンスは目標を指差し確認で定めて、一歩でも早く前に出ることです。あとは春から練習してきたことがキャプテンを中心にできるようになってくれたら言うことはありません。今回初キャプテンとなる3人(T2、H7、K16)をキャプテン経験者が助けてあげるという意識を持って試合に臨んで欲しいものです。

まずはウォーミングアップから。半分に切っておいた新聞紙を生徒全員に配り、頭上に両手で新聞紙を広げて貰い、手を離し背中に乗せる練習を行いました。そよ風に舞ってうまく乗らない生徒が多かったなか何人かの生徒が上手に乗せて「できた!」と喜んでいました。R15はイチローキャッチ(ラグビーボールを後方に投げて背中側でキャッチ)が得意になっており、新聞紙もできていました。次にこの新聞紙を縦長で3回折り、トカゲのしっぽを作りました。この「しっぽ」をパンツの後ろに装着して貰い、2人1組で追っかけっこをしました。子供たちに単にストレートランの練習をやらせても、しんどいという気持ちが先に出てしまい、効果的ではありません。ゲーム性を取り入れることで、一年生はおもしろそうに何回も走ってとかげのしっぽ切りをやっていました。

試合前の練習として、攻撃では、1対1のステップ、2対1のパス・フェイントでたっぷり汗をかき、防御では、ハンドダミーに3人が同時にタックルすることで一体感を醸成しました。最後に明朝の阿倍野戦に出場する5人衆が大きなタックルマシンに追いタックルを敢行することで気持ちを高めました。未だ一年生なのに、昨年の六年生とほぼ同じ練習ができるという不思議。新人2人も全く同じメニューをうれしそうに挑戦しています。

以前書いたとおりラグビーは英国発祥のスポーツ。日本の歴史にはラグビーに類似するスポーツはおそらく無かったと思われます。英語の習得に日本人が苦労するのは、日本語の言語空間の上で英語を学ばせる(一字一句日本語に訳して覚えさせる)教育スタイルを続けてきたことにあると言われるように、ラグビーも日本のスポーツ空間の上で教えてしまうと日本のラグビーで終わってしまうのではないかと常々危惧しています。日本のメジャースポーツとして今日ドラゴンズが初戦を制した野球があります。野球の規則はルールと呼びます。その影響でしょうか、ラグビーの規則をルールとは呼ばないのに、「ルールブックにはこう書いてある」と言ったりします。日本語にされてしまったラグビーのルールとはそもそも何かを知っておくことが今必要ではないかと思います。ラグビーやサッカーの行動規範は「ロー(Law)」と呼ばれています。ある高校のラグビー部のサイトに明確な解説がありました。

「ラグビーにおけるルールは、単なる規則(行動の制限)ではなく、Lawによって自己をコントロールすべきもの、自己規律が求められるものなのである。いわば根本的精神を含んだ規則である。ラグビーにおけるルールは、罰するためにあるのではなく、ラガーメンに求められる共通のモラルである。よってぺナライズされることは恥ずべきことであり、ルールの裏をかいて見つからなければよいという考えはラグビーの本質から外れることであり、意図的にペナルティを犯すなどは許されないことである。レフリーはLawの適用者であり、選手はLawの精神によって反則を起こさないよう努力し、レフリーを信じて競技しなければならない。」

炎のタックルマンと呼ばれた元ジャパンの故石塚武生氏も生前、ラグビー協会勤務時にラグビーノートに以下の文章を掲載されています。少しかたい話と前置きしながら、時々は原点に帰るのも必要かもしれないと締めくくられています。

「高校生に限らず、ラグビーが大好きでプレーしている人にとって最も大切なことはラグビー『LAWの精神』を忘れてはいけないと思います。「LAWの精神」という言葉があります。ラグビーの精神には『FOR THE TEAM』『フェアープレー』『ノーサイドの精神』などの言葉で知られているものがあることはご存じだと思います。この言葉の源流はイギリスのスポーツから来ているのですが、その根本にはLAW(ロー)の精神というものがあるのです。LAW(ロー) とはいうまでもなく『法』の事で、行動規範を示すものです。練習や試合の中では『ルール』(競技規則)によってコントロールされています。ですがこのルール(競技規則)に従うかは一人一人が自分自身で自己のコントロールによって行動しているのです。簡単にいえば、我々が人としてLAWの精神を持っていることを前提としているのです。歴史的に見て、ラグビーは、もともとレフリーが存在しなかったといわれています。現在ではレフリーはLAW(ロー)を適用するも のとしての存在しているのです。ラグビーの真の精神にはこのLAWの精神が存在しているのです。ちょっと難しいかもしれませんが、簡単にいえばラグビーをいかに楽しむかということを追求しているのです。『ラグビーは30人のプレーヤーが力一杯、身体をぶつけ合ってボールを奪い合い、広いグランドを走り回る力強さとスピードに富んだゲーム展開は人を引き付けるものである。一人ひとりが精一杯努力し結果を喜び合う事がラグビーの真の楽しさである。ラグビーはスポーツの一つとして遊びには変わりはない。しかしラグビー選手たちの人生におけるラグビーの役割を考えると意義の大きさを痛感させられます。ラグビーをする事が良い人間、良い社会人になることでなくてはならない。ラグビーは人生を豊かにする糧である」

ラグビーのローの精神以外にラグビー本来のスポーツ空間でラグビーをするための大切な考え方に、「意味は状況の中にある」ということがあると思います。日本人は、「守破離」の文化がある国ですから、まずは先達の言うことを守ってみるという入り方が身についています。「タックルはこうですよ、パスはこうやって投げるんですよ」と教え、生徒に型を身につけさせます。しかし、タックルも試合の状況によっては入り方など違ってきます。状況によって意味が違ってくるということを認識し、様々なゲーム展開を想定して、練習していく必要もあると思います。一年生には未だ難しいテーマですが、敢えて逆から学ぶことで日本のラグビーを変えるきっかけになってくれればと思います。

明日は、素晴らしいトレーニング場で生徒達がどんな自由奔放ラグビーを見せてくれるか楽しみです。


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